2年半、50カ国以上の旅で変わった価値観と、サイドFIREという選択

サラリーマンとして猛烈に働いていた頃と、
その後の約2年半の旅を経て、
人生に対する捉え方は大きく変わりました。

価値観が一気にひっくり返った、というよりも、
旅の途中で何度も「考えざるを得ない出来事」に直面し、
その積み重ねで少しずつ変わっていった、という感覚に近いです。

人生は、本当にあっけなく終わることがある

旅をして強く実感したのは、
人生は想像以上に簡単に終わってしまうことがある
という現実でした。

アフリカ・エチオピアで火山ツアーに参加していたとき、
ガイドをしてくれていた人のもとに、
ツアーの最中に家族の訃報が入りました。

紛争で、家族が2人亡くなったという知らせです。

彼は当然、深く悲しんでいました。
無念さも、悔しさも、はっきりと伝わってきました。

それでも、
そのツアーを途中で離れることはできませんでした。

彼には、
今も生活を支えなければならない家族がいて、
働くことを止めるわけにはいかなかったからです。

悲しみながら働き続けるという現実

キリマンジャロ登頂中にも、
ガイドの家族が病気で亡くなったという話を聞きました。

そのときも、
悲しみははっきりとありました。

ただ、
それでも仕事は続きます。

「悲しいから止まる」
という選択肢が、
現実的に存在しない場面がある。

それを目の前で見て、
日本で生きている自分との距離を強く感じました。

生きること自体が当たり前ではない場所

南米・パラグアイでは、
庭の赤土で遊んでいた子どもが
破傷風で亡くなった、という話も聞きました。

医療や環境が十分でない場所では、
生きることそのものが常にリスクと隣り合わせです。

そうした国では、

  • 今日を生き延びたこと
  • 家族が無事でいること

それ自体が、とても大きな意味を持っています。

「やりたいこと以外、やらない」生き方

パラグアイでの生活で他に印象的だったのは、
生き方の自由度です。

  • 働かず、ずっとゲームをしている息子を
    おばあちゃんが教師として働いて養っている家庭
  • サッカーをして、ビールを飲んで過ごすおじさん
  • 給料日に、稼いだお金をすべて飲み代に使ってしまう人

こうした人たちは、
「やりたいこと以外はやりたくない」
という欲求に、かなり正直に生きているように見えました。

ただし、自由は無条件ではない

ただ、それは
「誰からも批判されない自由」
ではありません。

周囲から何も言われないわけではないし、
多くの場合、
誰かがその人の生活を補っています。

その国全体がそう、というよりも、
そういう生き方を選ぶ人が、日本より多い
という印象でした。

自由には、
必ずどこかにしわ寄せがあります。

日本は「どう生きるか」を常に問われる社会

日本に戻ると、
全く違う空気を感じます。

日本はとても安全で、
明日が来る可能性が高い国です。

だからこそ、

生きているだけでは足りず、
どう生きるかまで考え続けなければならない

そんな社会だと感じました。

最近だと、

  • メンズメイク
  • 眉サロン
  • 日傘男子
  • 「イケている男の定義」を語るYouTube

価値観や理想像が、
どんどん更新されていきます(笑)

サラリーマン時代は「求められる自分」で生きていた

サラリーマン時代を振り返ると、

  • 年齢に合った服装
  • 職場で浮かない髪型
  • 周囲に求められる振る舞い

「着たいもの」よりも、
求められるもの」を優先して生きていました。

それが悪かったとは思いません。

ただ、
社会からどう見られるかに、
かなり引っ張られていたのは事実です。

旅で変わったのは「今だけでいい」という感覚

旅をして変わったのは、
「今だけを楽しめばいい」
という考え方でした。

正直に言うと、
サラリーマン時代に頑張って貯金をし、
会社を辞めて旅に出たやり方は、
もう一度は繰り返せないと感じました。

帰国したとき、
自分は32歳。
「今だけでいいと」とこれからも突っ走ることはできないなと感じていました。

年齢的にも、
考え方を少し変えないといけないな、
と思ったタイミングでした。

今も楽しみたいし、未来も放り出したくない

だから、

今も楽しみたい
でも、将来もしっかり守っていきたい

という感覚が、
自分の中で強くなりました。

日本のように、
明日が来る可能性が高い国では、
未来の不安を無視することはできません。

サイドFIREという「折り合いのつけ方」

そこでたどり着いたのが、

  • 固定費を抑えられるリゾバという環境
  • 定期的に旅ができる余白
  • 投資で未来を守りにいく設計

この3つを同時に成立させる
サイドFIREという考え方でした。

極端な自由でもなく、
我慢の人生でもない。

自分なりの折り合いのつけ方です。

まだ途中。でも、この選択を続けていく

この生き方が正解かどうかは、
正直まだ分かりません。

ただ、

  • 旅で見た現実
  • 日本という社会
  • 自分の性格や不安

それらを無視せずに選んだのが、
今のサイドFIRE設計です。
日本という社会において自分らしく人生を全うする手段として設計しています。

もちろん、その途中経過で迷いが出たり、修正を余儀なくされることもあると思います。
それら全てが、自分らしく生きるための挑戦の記録になると思っているので、
正直に残していくつもりです。

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